W杯を機に何が変わった?トルシエ氏が紐解く「サッカーは非人間的、機械的に」

Samurai GOAL https://ift.tt/2w2W3AE img_7b5c5379e2c36ee023d47600887fedd0274190
1 2018/08/13(月) 13:13:32.61 _USER9
フランスの2度目の優勝で幕を閉じたロシア・ワールドカップを、フィリップ・トルシエはどう総括したのか――。
ジャンニ・インファンティーノFIFA会長が「史上最高」と自画自賛し、実際、プレーのクオリティ(も決して悪かったわけではないが)を除けば確かに間違いなく最高であった大会を、トルシエはどう見ているのだろうか。

大会直前から始まったイビチャ・オシム、フィリップ・トルシエというふたりの短期集中連載を終えるにあたり、多少時間は空いたがトルシエの電話インタビューをここにお届けする。
 監修:田村修一

(中略)

◾ 「ビデオ判定でなければ絶対に笛は無かった」

 ――ビデオ判定が結果に影響を与えたと言えますか? 

 「影響はあった。
 オーストラリア戦でフランスがPKを得られたかどうかは誰にもわからなかった。あのPKがなかったら引き分けに終わっていただろう。
クロアチア戦のPKもそうだ。ワールドカップの決勝で、ビデオ判定でなければ笛は絶対に吹かれなかった。つまりビデオがサッカーを多少なりともロジカルにしたと言える。

 これまでサッカーは非ロジカルなスポーツだと言われ続けてきた。サッカーでは1+1がときに3になると。『誤審』がその主な原因だったが、そこがこの大会では合理的になった。試合結果も合理的になり、1+1は常に2になったわけだ」

◾ サッカーは非人間的、機械的になった。

 「だが他方でサッカーの人間的な側面を排除したのも事実だ。レフリーの判定を議論するのもサッカーの一部であるからだ。その点でサッカーはより非人間的かつ機械的になったといえる。

 しかしあらゆる疑念を排除して、より明快になったのも間違いない。合理的な結果に到達することで、ロジカルな勝者をビデオが生み出した。
判定へのフラストレーションは常に存在したが今は違う。ビデオが示す結果に議論の余地はない。疑念や批判を挟む余地はなくなった。

だから今、批判されるのはデシャンの哲学であり、フランスのプレースタイルだ。それはサッカーそのものへの批判であり、監督に対する批判であり、選手交代やプレー哲学への批判だ。
判定がより正確になることで、結果に対する監督の責任がより重くなったといえる」

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180813-00831588-number-socc&p=4
続く


続きを読む

108
-
Rates : 0